真の父母経より:CBG-B3-C3-S4: 11~13-韓国での開拓伝道

11    韓国で開拓地に行って伝道した当時は、一日働いた稼ぎで一日暮らすのが大変でした。一日働いた稼ぎで、一食食べて暮らすのが大変な時だったのです。若い人たちが道を歩きながら、足がもつれることがいくらでもありました。伝道師たちがある町に開拓に行ったのですが、食べる物がないとき、その町で働こうとすれば、町にうわさが立って迫害がひどくなりかねないので、仕方なく十里以上離れた所に行って働いた人たちがたくさんいます。

伝道師たちが本部からお金を持っていって伝道したのではなく、そのような事情の中で開拓伝道をしたのです。それでも、絶対に食口たちに自分の事情を話しませんでした。ですから、食口たちは分かりません。六ヵ月たち、一年たってからそれを知っては、痛哭するのです。そうして、指導者に弁当を持ってきて食べさせてあげる運動が起きました。ですから、その御飯を食べなければならない指導者の心はどれほど悲惨でしょうか。また、弁当をくれたその学生が、学校に行って昼食を抜くことを考えざるを得ないのです。このような中で、互いにそれを克服しながら、「私たちは死んでもみ旨を成し遂げよう」と言って、心情的な連帯感に浸っていたのです。

12    統一教会の成和学生会は、中高生たちで構成されているのですが、その中高生たちが統一教会の伝道師たちを食べさせて助けました。父母の反対があまりにもひどいので、父母が作ってくれた弁当を順番に伝道師に持っていってあげたのです。学生たちが三十人とすると、一日に三人ずつ弁当を置いていけば、十日間に一度回ってくるので、朝昼晩と順に持っていってあげるのです。このように学生たちの弁当を食べながら開拓した歴史があります。

それを父母が来て見たとすれば、どれほど痛哭したでしょうか。しかし、それが問題ではありません。国をつかみ、み旨の世界のためには、そのようにしてでも、これから迎える栄光の日を称賛しようとしたのです。

13    統一教会に入る前までは、誰よりも良い弁当を持って通っていた学生が、統一教会に入ってからは、弁当を持たずに来て、昼食の時間は一人で校庭にこっそり隠れていて、また教室に戻ってくるのです。それが友達に見つかったりもしました。自分の親に知られたら大変なことになるのです。

一度や二度ではなく、ずっとそのようなことをしているので、友達が彼の母親のところに行って、「息子さんは、以前は弁当をきちんと持ってきていたのに、最近、統一教会に入ってからは持ってきません。なぜ、お母さんなのに、昼食も用意してあげないのですか」と話す出来事が起きたのです。それで、その母親が息子に、「お前、学校で弁当を食べていないそうじゃないか。どうなっているんだい」と問い詰めれば、事実を話さざるを得ません。親たちがこの事実を知るようになると、ますます強く反対します。

そのようなことが全国的に頻発しました。その上、全国のキリスト教徒たちは、「神様の羊を奪っていくおおかみの群れが入ってくる」と言いながら反対しました。そのような環境で、彼らを指導していたお父様の心は、いかばかりだったでしょうか。

(CBG-B3-C3-S4: 11~13)