安侍日-「祝福結婚の恵みと夫婦円満の秘訣」より

「祝福結婚の恵みと夫婦円満の秘訣」より抜粋(p74)

㈡安侍日

2004年、44周年「真の父母の日」は、四数を四つ重ねた日で、この日、四位基台を完全に復帰した条件が立ちました。そのことにより、神様が安息できるようになり、真の父母様は「安息日」の七数を越えていくことを宣布されました。

八数は再出発を意味します。それで、翌日から八日目ごとに「安侍日(安着侍義の日)」を設定してくださり、「この伝統を守るように」と語られました。

安侍日には敬拝を捧げます。夫婦が一つになって、二人で捧げましょう。

真の父母様は、「侍るといっても、ただ侍るのではありません。神様が臨在され、家庭に入ってきて安着した立場で侍ることによって、神様と一緒に生活できる、釈放圏が成されるのです」と語られています。「侍る」とは、「家庭に神様をお迎えする」ということです。

その侍義生活とは、どのようなものでしょうか。真の父母様は、次のような内容を語られています。

「漠然と頭だけで知り、数学の公式を覚えるようにして理解する神様ではなく、私たちの心臓に、そして骨髄の中にまで神様の存在を刻み付けるように、神様の実存を皮膚で感じて生きることです」

「皆さんは、侍る生活をしなければなりません。私たちの生活圏内の主体者として、神様に侍らなければなりません」

「皆さんは、神様がいらっしゃるということを、一日に何度自覚しますか。二十四時間中に、何芰、神様がいらっしゃるということを感じますか。侍ることによって、救いを受けようという人が、二十四時間中の、一、二時間程度、侍ればよいのですか。空気よりも切迫して必要なものが、神様です。御飯よりも、もっと貴重なものが神様です」

「安息日を撤廃したこの期間において、私たちはすべての日を安息日に変えなければなりません。皆さんは毎日敬拝をし、子女を教育しなければなりません」

このように、神様に侍るということは、生活の中でなされることなのです。

「統一教会では、神様が人間の家庭の中で、人と一緒に喜んで暮らすことを願われると言います。私たちが愛を授け受けするのを学ぶ所も、調和の喜びを創出し、育成し、体恤する所も正に家庭なのですが、これが信仰の核心です」(天一国経典『天聖経』第五篇「真の家庭」より)