1956-04-08-勝利する神様の精兵となろう


勝利する神様の精兵となろう

1956年4月8日(日) 前本部教会11
テモテ後書2:1~131

<祈 檮(Ⅰ)>

お父様、堕落前に持っていた本性の生命が注がれるこの一時となるように許諾して下さい。お父様の愛が溢れ流れる生命の祭壇となるように許諾して下さい。

塞 がれていた志望の壁をこの時間私たちが心と体で感じられるように許諾して下さい。そうして復活の恵みを受け、栄光の祭壇を築き、散り散りになったすべての 祭壇に新しい蝋燭の火を持って出て行くことのできる私たちとなるように許諾して下さることを、お父様、切にお願い申し上げます。

心に傷を受けた者がいますか? 哀れに見つめて下さい。体にサタンが掴んだ傷後が残っていますか? それを取り除いて下さい。そして堕落前の本然の形状を持つことができるように許諾して下さることを、愛するお父様、切にお願い致します。

お父様、能力の御言として現れて下さり、私たちのすべてを再び造り変えて下さり、再創造の役事を起こして下さることを、愛するお父様、切にお願い申し上げます。

難しい環境で私たち一人一人を呼び立てて下さいましたから、今私たちは試練と困難の峠を越えて行きます。今残っている実践の戦いで勝利の凱歌を歌うべき時となりましたから、お父様、力に力をより加え、能力に能力をより加えて下さり、復活の権能で現れて下さい。

暗 闇に閉ざされていた心霊たちが解放されるように許諾して下さり、希望の火で復活させて下さい。閉ざされていた真理の園、悪が主管していたこの世、6千年の お父様の怨恨の世界を明らかにしても残ることができるお父様の生命の炎を許諾して下さることを、私のお父様、切にお願い致します。

新しい歴史はお父様を中心にして行なわれるということを知っています。そして歴史の基準を天に置かなければ全体的な歴史の基準になれなかったことが、歴史的な事実であったことも知っています。

お父様! 私たちを立てて下さったのですから、新しい歴史を成就できるように許諾して下さり、新しい時代の天の精兵として立てて下さって、新しい園を建設して歓喜の栄光をお父様にお返しできるように恵みを許諾して下さい。愛するお父様、切にお願い申し上げます。

戦 いの障壁を切り崩し、先知先烈(預言者)たちが行ったような道を求め入りました。難しい道と言われる道を求め入って行きました。背を向けようとしても向け ることのできない道に入りました。一方的な目標に向かって自主的な勇気を持って戦わなければならない時になったのを知っています。最後の情熱をすべて注 ぎ、サタンに勇断を下して先峰に立ち、誰よりもまず旗を取ってサタンに向かって突進できる天の精兵となれるように許諾して下さい。

お父様、 残された戦いの祭壇を勝利の祭壇として取って下さり、父の安息の祭壇、栄光の祭壇として収拾できる時まで、お父様、私たちが行く道を見守って下さり、私た ちが止どまる所を聖別して下さり、喜びの勝利の白い旗をこの民族と24億人類の前に立てても残ることができるように導いて下さることを、お父様、切にお願 い申し上げます。

お父様、この時間少ない食口でありますが、心を集め、お父様の愛に浸りたくて集ってきました。ですからこのひとときだけでも隠れたお父様の愛に浸れるように許諾して下さい。

6 千年間隠れた天の愛と真理の役事を現して下さり、復活の役事を現し、心から体から自由の解放を受けてお父様の真の息子・娘となれるように許諾して下さい。 勝利の凱歌を持って父に対することができる、勝利の栄光をして父に対することができる子女として立てて下さることを、お父様、切にお願い申し上げます。

こ の日は聖なる日です。3千万民族に代わり集った祭壇たちに、お父様、役事して下さい。死んでいる祭壇があるとしたら生命の役事を現して下さい。どのような 時、どのような環境、どのような所に拘らず、お父様、役事して下さい。 眠れる生命ののろしを起こして下さり、良心的な子女たち、お父様に従う子女たちを 通して新しい生命の旗を持って出て行くことができるよう許諾して下さい。隠れた祭壇を守る子女たちが多くなるように許諾して下さることを、愛するお父様、 切にお願い申し上げます。

この時間集まりましたので、お父様、私たちの心霊を聖別して下さり、自我を中心とする観念とか罪悪の要素、浄潔でない暗い根が残っているならば、お父様の炎のような聖霊の役事をもって現れて下さり、許諾して下さることを、お父様、切にお願い致します。

私たちに任せて下さった使命を不足なく遂行して、この一つの御旨のために心と体すべてを捧げて千々万聖徒たちと食口たちの前に面目を立てることができる、使命を皆やり遂げる息子・娘となるように許諾して下さることを切にお願い致します。

こ の時間初めから終わりまでサタンの讒訴条件に引っ掛かる者がないようにお守り下さり、一生命までも復活の恵みに感激して新しい生命の歓喜を味わい、新しい 生命の恩賜を受けるように許諾して下さい。そうして新しい生命の復活の栄光をお父様にお返しすることができるこの時間となれるように許諾して下さること を、愛するお父様、切にお願い申し上げます。

今すべてをお任せしますから、生きた生命の根源的な役事が最初から最後まで現れるよう許諾して下さり、喜びの御心だけが現れるように許諾して下さい。主の御名を持ってお祈り致しました。ア―メン。

<祈 檮(Ⅱ)> お父様、この日も足りない罪深い者たちですが、お父様の神聖なる祭壇の前に数少ない食口たちがひれ伏しました。

今 まで先知者(預言者)たちを立てて命令され、聖霊を通して命令され、キリストを通して命令されましたが、未だにお父様自らが命令されることができなかった ということを知りました。自ら命令されなかったお父様の命令の御言がここに現れるように許諾して下さい。そうして聖霊を通じてイエス・キリストを通じて成 そうとされたお父様の御旨がここに現れるように許諾して下さい。

お父様が喜びの御旨を成し遂げられようとされるのを知っています。お父様の 御旨の御前に私たちは不足な真心でありますが、すべてを傾けようと思っておりますから、不足な忠節でありますが、すべて捧げようと望んでおりますから、不 足な体でありますがすべてを捧げようと願っておりますから、お父様、哀れみの御手を差し延べて下さい。

私たちの手足にはサタンの矢の後が 残っており、私たちの体には戦いの傷を受けております。矜恤のお父様! あなたの御手を許諾して下さり、サタンの矢の後が残っている私たちの手足を掴んで 下さり、傷付いた私たちの体を掴んで下さり、生命の油を塗って下さり、新しい復活の包帯で巻いて下さい。一言の新しい勧告を願っていますので、お父様、勧 告して下さい。切にお願い致します。

俗なる心と罪にあたるすべての性禀を取り除いて下さり、只ひたすらお父様を欽慕できる本性だけを持つことができるように許諾して下さい。

お父様、今呼び集めて下さいましたから、私たちに命令して下さい。お父様が求められる摂理の中心が何なのか、お父様が求められる天倫の中心が何なのか尋ねることができるように許諾して下さい。

お父様、この時間降臨して下さい。私たちは柔和謙遜に、お父様が私たちに下さる御言に応えるために膝まづいております。何も知らない傷付いた体でありますが、お父様に捧げることを望んでおりますのでお受け下さい。お父様、切にお願い申し上げます。

この時間すべてを、お父様、主管して下さい。今御旨の前に尋ね来た私たち、生命によって結実しなければならないことを知っておりますので、終末が近づいているこの時、お父様、生命の御手を許諾して下さい。

こ の世と歴史は変わるとしても、お父様の生命は変わらないことを知っておりますので、永遠なる生命、不変の基準を目指して走り出せるように許諾して下さい。 この一時その一基準の前に相応しくない子女がおるならば、一つ一つ命令して下さり、能力の御手を許諾して下さり、お父様の性相に似るように役事して下さ い。お父様、切にお願い致します。

聖父と聖子と聖霊の前に集いましたので、この者たちの主観的な観念を取り除いて下さり、生命の役事を許諾して下さい。お父様だけがこれらの心と体の中心となり、集ったすべての中心となって勝利の盾となって下さり、喜びのこの一時となるように導いて下さい。

こ の日から求められる生命の要素として、永遠なる生命の血と肉となって永遠の勝利の盾を造成して、サタンと正面衝突をしても傷付かない子女として立てて下さ ることを、お父様、切にお願い致します。すべてのことをお任せ致しましたので主管して下さい。主の御名によって祈祷致しました。ア―メン。

<御言> 今日差し上げる御言は、「勝利する神様の精兵となろう」です。このような題目で暫くの間お話してみましょう。

戦いの堪当者であり、希望の実体である私たち

「精兵」という言葉は本来からあった言葉ではありません。人間が堕落したためにできた言葉であり、出てこざるを得なかった言葉です。すなわち戦いが残っているために神様の代わりに戦いを遂行できる息子・娘が必要だったために生じた言葉です。

このような息子・娘を立ててある時期まで戦いの過程を経なければ、神様の御旨が完成されなかったので、このような息子・娘を選んだのであり、移り行く歴史を繰り返して6千年という長い歳月をして、神様が御自ら地に対してサタンと戦いをしてこられたのです。

ところが神様のこの戦いの歴史に代わって責任を持ち、最前線に出て実際戦闘をしなければならない責任者たちはどのような存在だろうか。

神様が直接戦われることはなく、イエス・キリストが直接戦われることでもなく、聖霊が直接戦われることもありません。イエス・キリストと聖霊と神様を背景として、よく信じる聖徒たちがこの戦いの直接的な責任を担っていることは皆さんのよく知っているところです。

こ の戦いは必ずや終結できなければならないのです。ところがイエス・キリストが来られて行かれた後、2千年が過ぎても今なおこの戦いは終結しておりません。 今この戦いの場を広げて勝利の土台を作らなければならないのですが、この責任を全うする存在は誰であるのか。すなわちそれが何もない取るに足りない私たち であるということです。

これを考えてみれば、神様の所望は神様自体にあるのではないことがわかります。そしてイエス・キリストの所望もイエ ス・キリスト自体にあるのではなく、聖霊の所望も聖霊自体にあるのではなく、先知先賢者たちが願う所望も彼等自体にあるのではないということがわかりま す。他でもなく今日この地上に残っている取るに足りない私たちにあるのです。

それでは地上にいる皆さんたちを天が呼んでおられるというのですが、どのような標準を持って皆さんを呼んでいらっしゃるのか。神様は6千年摂理の全体を標準にして皆さんを呼ばれていらっしゃるのです。

だ から皆さんは6千年、更に億千万年の間続いて来た人類歴史を、勝利をもって終えなければならない責任を負っているのをよく知らなければならないのです。そ して、このようにお父様が私たちを呼んでおられるということを、よくわからねばなりません。それだけではなく、時代を責任持って、歴史を責任持って、永遠 なる摂理を責任持てる天の真なる精兵とならなければなりません。

大いなる摂理の運命を直接開拓していくこともイエス・キリストがしなければならないことでもなく、聖霊がしなければならないことでもなく、神様がしなければならないことでもなく、即ち私たちがしなければならないことだというのです。
天の精兵となろうとすれば

私 たちはこのような大いなる使命を背負っている自分を置いて、第三者の立場から批判してみることができなければなりません。お父様が御自ら現れて質問された としても堂々と答えられる私となっているかを考えてみなければなりません。「摂理の全体を責任持って戦うことができ、勇気と誇りと信念を持った天の精兵と なっているのか」とお父様から問われても、「はい! その通りです」とためらわずに答えることができる私となっているか…。天は堂々と答えることのでき る、このような存在を求めておられるのです。

それではこのような精兵となれる条件とは何だろうか。私たち自体からは天の精兵となれる条件を探すことはできません。それならば私たちはどのようにすれば天の精兵となれるのだろうか。

私 たちが天の精兵になろうとすれば、すでに代表的な天の精兵として現れた方、すなわち私たちが信じているイエス・キリストを手本としなければならないので す。イエス・キリストの降臨の背景から、彼の生涯と彼の理想のすべてはサタンに誇ることができる内容です。そして私たちが天の精兵となろうとすれば、必ず 手本としなければならない内容であり、諸条件なのです。皆さんはこれを肝に命じなければなりません。

彼の御言もやはり同様であり、彼が亡く なられながら見せてくれた十字架の道もやはり同様であり、彼が残してくれた復活の道もやはりそうであります。このようなすべての事は、私たちが歴史的なす べての戦いを終結させて、天の精兵になるにあたって必ず持たなければならない絶対的条件であり法度なのです。私たちはこの諸条件を備えなければならないの です。

ところでここで私たちが知らなければならないのは、イエス・キリストも天の精兵が備えなければならないすべての条件を具備する時まで 30余年生涯の間準備して努力して苦労されたのです。一日で成し遂げたものでもなく、ある一瞬になったのでもありません。30余年という長い試練の過程を 経なければならなかったということです。

それではイエス・キリストがこの地に来られ歩まれた路程は何であろうか。天の精兵として地上でサタンに勝利しようとすれば越えなければならない試練の条件、試練の路程を見せて下さったのです。

イ エス様が十字架上で、「すべてが成された」とおっしゃられたのですが、これは十字架上ですべてが成されたためそのように言われたのではないのです。天の精 兵として備えるべき条件を、十字架に掛かる前にすべて成し遂げたためにそのように言われたのです。そして天の精兵として成すべき使命をすべて成し遂げたと いう意味としてそう言われたのです。

不足ない天の精兵となられたイエス様だったために、十字架に掛かって亡くなられた後に天はイエス様を復活させることができました。それでイエス様の復活以後、イエス様は天で、聖霊は地で役事されながら2千年間サタンと戦って来られたのです。
イエス・キリストの人生が与えて下さった教訓

今 天から召命された私たちが守って行かなければならない試練の過程が残っていますが、(それは)他でもなく30余年生涯の間歩んで来られたイエス・キリスト の歩みであったことを、皆さんは肝に命じなければならないのです。 イエス・キリストの30余生涯路程を探ってみれば、30年私生涯路程を経られて、3年 公生涯路程を経て、3日墓中期間に試練を終結させたのです。 私一人が十字架の道に従い復活の道に従うのはもちろんであり、全世界人類がすべてこの道を歩 まなければならないというのです。

イエス・キリストが十字架に亡くなられた後復活の恩賜を受けたのですが,これは皆さんが考えるように簡単 になされたものではありません。一日で成した道ではなく、何時間で成した道でもありません。長い4千年歴史を経られた神様の心情とイエス・キリストの心情 があわさって、30余生涯の苦難の道を歩んで勝利して成された道であるということを知らなければならないのです。 私たちが信仰生活をしていて聖書を読ん でいますが、聖書を各自思いのままに翻訳してはいけません。一般に信仰者は十字架の道が十字架上でだけ成されたことと思っていますが、そうではありませ ん。30余生涯を、充分に食べずに着ずに、人知れない苦難の生活を経て最後に成された道であることを、皆さんは知らなければならないのです。そしてイエス 様は残された天の精兵の条件を完備した神様の独り子であることを、皆さんは知らなければなりません。

今皆さんはイエス・キリストの人生が与 えて下さった教訓が何だったのかを分析して、イエス様を信じ始めて、キリストの苦難の路程を再び繰り返さなければなりません。皆さんも試練の過程を経なけ ればなりません。イエス・キリストの試練の過程を行く中には戦いもあるでしょう。そして10年ではなく、20年でもなく、30年間戦われたキリストを手本 として死をも恐れない、イエス・キリストの不変の心情を手本としなければなりません。

今皆さんが知らなければならないことは、残された苦難の道と死の道を全うして、十字架を守り、十字架の道理を立てて行く人が皆さん自身だということです。

イエス・キリストが行かれた後、イエスがこの地上で築かれた十字架の城を守り、激戦の第一歩を踏み出すべき責任が、使徒たちにありました。今残された十字架の城を守るべき責任が終末の使徒たちにあるということを皆さんは知らなければなりません。

最後の激戦で勝敗を決定しなければならない時が来たのですが、ここに残れる精兵となっているのか、キリストが亡くなられた後、復活されたように、私も再び蘇生できる第二の復活役事を成し遂げることができるかということが重大な問題なのです。

イ エス様は霊界に行かれても戦いを展開しておられます。多くの善なる聖徒たちを代表してサタンと戦っておられるのです。霊界で戦われるイエス様を真似て地上 で戦いを展開するために来られたお方が聖霊です。その聖霊の協助を受け、実体で戦うべき責任が私たちにあるのです。すなわち実体的にその戦いを全うされ、 全うする天の精兵とならなければならない私たちなのです。
6千年の怨恨を解放して差し上げるべき時

今最後の戦いが始まったのです が、今日皆さんは皆さんが戦う戦いが皆さん一人のための戦いではないのを知らなければなりません。その戦いは天から聖霊を通して皆さんに連結された戦いで あることを知らなければなりません。そしてその戦いの目的はサタンを追放するためであります。

それ故今私たちは戦いの峠を越えて本郷まで行く、残されたキリストの十字架を責任持つ精兵となり、勝利の凱歌を歌わなければならないのです。6千年の怨恨を解いて6千年の願いを成就した勝利の精兵、歓喜の精兵とならなければならないのです。

キリスト以後残された十字架の城を責任持った代表的な精兵として現れた群れが12使徒でありました。12使徒は死を越えて十字架の城壁を守り、心と体すべてを捧げて血を流しながらもためらわず十字架の城壁を守りました。天はこのような精兵を探しておられるのです。

先 知先烈たちが福音の道を歩みつつ流した血の跡が、十字架の城壁に今も残っています。そしてこの血は先祖たちの恨みと血がこもっている地であり、血の叫びが 残っている地です。この恨みを解放できる人が誰かと言えば、即ち私たちだというのです。イエス・キリストの死も怨望ですが、先知先烈たちの死も怨望なこと です。皆さんはそのキリストの死と同時に、先知先烈たちの死も怨望に思えるようにならなければなりません。

今私たちは怨望を持つ時が来たの を知らなければなりません。6千年の間耐えに耐えて来られた天の怨恨を解放して差し上げるべき時が来ました。この時に必要なのは天の精兵なのです。この時 代に要求されるのは天の精兵です。 「お父様! 6千年の怨恨を私を通して爆発なさって下さい」と言える神様の真の息子・娘とならなければなりません。こ のような真の息子・娘が3千万民衆の中に多くなるならば、3千万民衆の生きる道が開かれるでしょう。またそのような人達が祭司長となり、十字架の城壁を守 り、戦う精兵となればこの民族は破滅することはないでしょう。今日私たち信仰者はこのような天の精兵とならなければならないのです。

この地 に来られたが十字架に亡くなられたイエス・キリストは、霊界で勝利の聖殿を築かれて、その聖殿を広げて来られました。皆さんが霊界を通して見ればわかりま すが、堕落の黒暗が神様の宝座の下まで及んでいたことがわかるでしょう。戦いを繰り返し苦労に苦労を繰り返すことによって、イエス様以後初めて一つの基盤 が準備されました。さらに一層この土台を広げるための戦いが今日まで継続しており、地上でもサタンとの戦いが継続されました。今この戦いを締め括ることが できる天の精兵が出現することを、天は願っておられるのです。

今私たちは奮い立たなければなりません。イエス・キリストは30余生涯、この 地に来られて死の十字架の峠を越える時まで苦労なされ戦われたのみならず、2千年間なお引き続き戦って来られたのです。この戦いを知らない無知蒙昧な人間 たち…。皆さんは皆さん自身に訴えなければなりません。民衆に訴える前に、家庭と社会と世界と地に訴える前に皆さん自身に訴えなければなりません。

皆 さんは2千年間御旨のため戦われたイエス・キリストを手本として御旨のため戦わなければなりません。それで天で勝利して地で勝利して天と地が和合して、神 様が心情を代身して創造本然の美を現せるようにしなければなりません。これが神様が6千年間摂理される目的であり、イエス・キリストを送られた意味であり ます。
天の精兵が知らなければならないこと

今皆さんは天の精兵となり十字架の城壁を守らなければなりません。皆さんはこのように天の精兵とならなければならないのですが、皆さんは自分がどの隊列に属している精兵なのかということを分別できなければなりません。

地の歴史は天の歴史を形象的に展開する歴史であるために、天に12使徒を中心とする12隊列の精兵たちがいるのと同様に、地上にもイスラエル12支派系のような12教派と無数の枝葉的な隊列があるのです。

2 千年歴史を経てきながらこのような隊列が形成されたのですが、皆さんはどの隊列に属しているかということを知らなければならないのです。小隊と中隊と大 隊、連隊、師団などに編成されているこの世の軍隊と同様に、組織的に編成された天の軍隊のどの舞台に属している自分であるかということを皆さんは知らなけ ればならないのです。

そして今皆さんはどのような使命を中心として命令を受けているかということを知らなければなりません。

今戦いの過程を経た後に、一つの中心を中心として全被造世界が喜べる時を迎えなければならないのです。その中心は誰なのかというならば、私たちが信じているイエス・キリストと聖霊であります。

天の精兵の究極的な目的は何なのか。サタンとの戦いを完結し終えて神様とキリストから賞を受けることです。戦いで勝利して地で天の賞を受けることです。

今 戦いは各方面で展開されています。世界の各地で展開されています。また天地全体に摂理の御旨が展開されています。皆さんは個体的な戦いで勝利して,家庭的 な戦いで勝利して、社会・国家・世界的な戦いで勝利して、天地で行なわれた戦いで勝利する精兵とならなければなりません。

イエス・キリスト は天地で行なわれている戦いを終結できずにおられます。そのために皆さんたちは各方面の部署を守護して各方面の戦いを終結させる精兵とならなければなりま せん。キリストを先頭にして一肢体として勝利して体と心が一つとなった後に、天の御前に敬拝を捧げてこそ初めて天地万物が和動するというのです。

皆さんは今使徒たちが残した血の跡を経て行かなければならないし、使徒たちが指揮した中隊なら中隊、大隊なら大隊の代わりに指揮して責任持たなければなりません。またさらにはイエス・キリストと聖霊が持っておられる責任を代わって持たなければならないのです。
天の精兵の究極的な目標

天 は地上に戦いの場が残っていることを願われません。地で怨恨が結ばれた故に、地で勝利して恨みを解いてこそ、イエス・キリストの戦いが終結され、キリスト が再び来られることができるのです。再び来られた後には何をされるのか。6千年の間続いた戦いを終結させてこそ神様から祝福を受けられるのです。神様自ら 両手を上げて祝福される宴、勝利の精兵たちが集まり、すべて一緒に祝福を受ける宴が子羊の祝宴なのですが、この子羊の祝宴をされるというのです。

皆 さんは総司令官であられる神様がおっしゃる御言を直接受けなければならないのです。皆さんはイエス様を代身して神様の命令を直接受ける立場にまで行かなけ ればなりません。ヨハネ黙示録14章に、「なお私が見ていると、見よ。子羊がシオンの山に立っていた。また14万4千の人々が子羊と共におり、その額に子 羊の名とその父の名とが書かれていた(1節)」と記録されているように、皆さんは御父の印章を受けなくてはなりません。

今まで皆さんは聖霊 の導きを受けて来ましたし、イエス・キリストの導きを受けて来ましたが、これがすべてではないのです。御父の印章を受けてこそ、地上のみならず天国に行っ ても永遠無窮なる精兵となるというのです。その立場まで行かなければならないということを、心にはっきりと刻まれることを願います。

皆さんは、個人がこのような精兵になった後に、全体人類がこのような精兵となるようにしなければならないのです。

皆 さんはすべての戦いで勝利してキリストの精兵となると同時に、神様が喜ぶことのできる本然の人間、創造理想を完成する真の息子・娘とならなければなりませ ん。そのような天の精兵たちが返して捧げるホザナの勝利の凱歌が全地を振動させる時が来てこそ、サタンに対する神様の怨恨が一息に解かれるのです。これを 皆さんは確実に知らなければなりません。

未だ戦いは残っています。それ故皆さんは最後の攻撃を敢行して、戦いの峠を越えて御父の印章を受けて神様の御前にサタンを屈伏させることができる精兵とならなければなりません。それでこそサタンとの戦いが終結されるというのです。

聖霊の前にサタンを屈伏させてイエス・キリストの前にサタンを屈伏させても戦いは終わらないのです。神様の御前にサタンを屈伏させてこそ戦いが終結されるのです。

このような勝利の精兵を立てるため6千年の摂理歴史を経て来ながらお父様が御苦労されたのです。このようなお父様を知って皆さんが勝利の天の精兵とならなければなりません。